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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12556号 判決

原告(反訴被告) 甲野太郎

被告(反訴原告) 鈴木隆男

右訴訟代理人弁護士 天野三三

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

三  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴とも、これを三分し、その二を被告(反訴原告)の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴につき

被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金一四六六万七〇九九円及びこれに対する昭和五九年一一月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴につき

原告は、被告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  訴訟物

本訴は訴訟委任契約に基づく謝金支払請求権であり、反訴は右契約の債務不履行又は不法行為(いわゆる弁護過誤)に基づく損害賠償請求権である。

二  争いのない事実

1  原告は、東京弁護士会所属の弁護士である。

2  被告は、株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)に対し、地代増額請求訴訟(水戸地方裁判所日立支部昭和四三年(ワ)第一五九号)を自ら提起し、これを追行していたところ、昭和四五年八月二七日、原告に対し訴訟委任し、原告はこれを受任した(以下「第一事件」という。)。

3  被告は、昭和四七年八月二四日、原告に対し、第一事件の対象土地とは別個の土地に関し、日立製作所に対する賃料等増額請求事件を訴訟委任し、原告はこれを受任し、同年一一月二一日、日立製作所に対し賃料等増額請求訴訟(東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第九九八七号)を提起したところ、右訴訟は、昭和五〇年五月一日、水戸地方裁判所日立支部に移送され、同支部に昭和五〇年(ワ)第五一号事件として係属した(以下「第二事件」という。)。

4  被告は、昭和四七年一二月一九日、原告に対し、日立電線株式会社(以下「日立電線」という。)に対する地代増額請求事件を訴訟委任し、原告はこれを受任し、昭和四八年三月一〇日、日立電線に対し、地代増額請求訴訟(水戸地方裁判所日立支部昭和四八年(ワ)第二〇号)を提起した(以下「第三事件」という。)。

5  第一ないし第三事件は、水戸地方裁判所日立支部において併合審理され、同支部において、弁論二三回、証拠調べ一五回、和解二一回、3記載の訴訟について東京地方裁判所において弁論七回、の各期日が開かれ、甲号証として第一四一号証まで、乙号証として第九一号証までの各書証、人証九人、少なくとも五回の鑑定について証拠調べが行われた。

右審理を経て、昭和五八年九月三〇日、被告と日立製作所及び日立電線との間で、別紙一記載のとおりの訴訟上の和解が、被告と日立製作所との間で、別紙二記載のとおりの訴訟外の和解が、それぞれ成立し(以下、右訴訟上の和解及び訴訟外の和解を総称して、「本件和解」という。)、原告の委任事務はすべて終了した。

6  原告は、昭和五九年一一月七日、被告に対し、謝金のうち一四六六万七〇九九円を一週間以内に支払うよう催告した。

三  争点は、次の四点である。

1  謝金支払約定の有無、右約定が存しない場合の謝金相当額がいくらであるか。

2  水野鑑定の申請に当たり、原告が賃借権の消滅を故意又は過失により看過したという過誤が存するか。

水野鑑定自体に誤りがあるか。これが肯定された場合、原告がこれを知りながら又は不注意によりこれを看過して本件和解において等価交換契約を成立させ、被告に損害を与えたといえるか。

3  原告の謝金支払請求権の行使が権利濫用に該当するか。

4  被告が、原告に対し、手数料(着手金)のほかに、謝金二四五万九四〇〇円を支払ったか。

第三争点に対する判断

一  争点1(本訴の請求原因)について

1  原告は、被告との間で本件各訴訟委任契約を締結するに当たり、弁護士報酬規定所定の経済的利益を基準としたうえ、一〇〇〇万円以下の部分については右利益の一五パーセント相当額を、一〇〇〇万円を越える部分については右利益の八パーセント相当額を謝金とすることを合意した旨主張し、原告本人尋問の結果(第一回)中にはこれに副う部分がある。

しかしながら、原告は当初右謝金の支払約定が存しないことを前提として弁護士報酬規定所定の最高額を算定したうえ、その一部請求をしていたところ、被告が独自の見解であるいわゆる純益論を基礎とする右謝金割合を主張したのを契機として、右基礎を弁護士報酬規定所定の経済的利益に変更したうえ、右謝金割合を援用し、右主張をするにいたったことは本訴の経過上明らかであるところ、この事実に《証拠省略》に照らすと、前記原告本人の供述部分はたやすく措信することができず、他に前記主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

2  してみると、本件各訴訟委任契約には明示的には謝金支払約定が存しなかったことになるが、弁護士と訴訟依頼者との間の訴訟委任契約は、特別の事情のないかぎり、右明示の約定がなくても相当の謝金を支払うべき旨の暗黙の合意がある有償委任契約と解すべきである。

そして、この場合の謝金額は、訴額、依頼者の得た経済的利益、事件の性質及び難易、紛争解決に要した労力及び弁護士報酬規定等諸般の事情を斟酌して算定すべきである。

そこで、本件における右各事情につき検討する。

(一) 本件和解成立にいたる経緯

(1) 第一ないし第三事件は、昭和五六年九月一八日、再度、被告と日立製作所及び日立電線との間で裁判上の和解手続が開始され、訴訟物である別紙一の第一表記載の借地権対象土地の地代の値上げ交渉と同時に、日立製作所及び日立電線が被告との間の借地関係の解消方を強く希望したことから、被告所有の賃貸土地(いわゆる山手工場敷地等)と日立製作所及び日立電線所有土地との等価交換及び賃貸借契約の終了に伴う賃貸土地(いわゆる諏訪台社宅敷地等)の被告への返還をめぐって話し合いが進められた。

(2) 被告は、当初、等価交換契約については、対象土地の価格は固定資産課税評価額を基礎とすること、自己所有の賃貸土地の底地権割合を五割又は六割とすること及び別紙一の第一表6の土地の一部二〇七・六九平方メートルのいわゆる諏訪台道路敷地部分は賃貸借契約が終了していることを理由に更地として評価することを主張し、また、自己に返還予定の前記諏訪台社宅敷地等の賃貸土地については、契約どおり原状に回復したうえ、返還すべきことを提案した。

これに対し、日立製作所及び日立電線は、等価交換契約については、対象土地の価格は鑑定価格を基礎とすること及び自己賃借土地の底地権割合は工場敷地につき四割、社宅敷地につき五割とすることを主張し、また、被告に返還すべき賃借土地については、現状有姿のまま返還することを提案した。

(3) かくて、当事者双方は、昭和五七年三月一九日、等価交換契約の資料の入手を目的として、その対象である被告所有土地の底地価額と日立製作所及び日立電線所有土地の価額につき、右被告所有土地については借地権が存在することを前提とする鑑定申請を裁判所にしたところ、鑑定人として水野英一が選任された。そして原告は、同年八月四日に裁判所から同年七月三一日付の鑑定評価書を受領し、その写しを被告に送付した。

(4) 水野鑑定が裁判所に提出された後の昭和五七年八月六日の和解期日において、当事者双方及び裁判所間で右鑑定には特に異論がないことが確認されたうえ、別紙一の第一表6記載の土地のうち、いわゆる諏訪台道路敷地につき被告主張の返還の対象にするのか又は日立製作所主張の交換の対象にするのか等の問題が話し合われた。

(5) 次いで、昭和五七年九月二七日の和解期日以降、被告の譲歩により交換対象にすることになった右諏訪台道路敷地の交換価格を更地価格の何割にするのか、返還の対象である別紙一の第一表14記載のいわゆる三角地の契約書上の面積四〇坪が実測面積二九坪弱に減少したことにつき日立製作所が責任を分担して時価の何割を和解金名目で補償し得るのか、別紙一の第一表1ないし19記載土地の過去の賃料又は地代額をいくらにするのか、同表1ないし4及び6記載土地の更新料をいくらにするのか及び訴訟費用、とりわけ鑑定費用六六〇万円の負担割合をいくらにするのか等の問題について裁判所の勧告を入れながら当事者双方で交渉が続けられ、和解成立と同時に大部分の履行が完了し得るように準備しておくために、同年一二月二三日には本件訴訟上の和解内容と基本的には同一内容の和解検討案が作成された。

その間、右訴訟上の和解と同時に、別紙二の土地表示記載の土地の返還に関しても前記諏訪台社宅敷地の返還交渉と同一方針の下に話し合いが進められていた。

(6) その後、当事者双方は右和解検討案の内容に従って交換対象土地につき境界石を埋設してその範囲を確定するための測量を実施したうえ、分筆登記手続等をする等の事前準備に着手するとともに、懸案事項である訴訟外の和解の対象土地の返還方法を被告主張の原状回復の方法にするのか又は日立製作所主張の現状有姿の方法にするのか等の問題について交渉を続行し、昭和五八年六月七日に日立製作所等の訴訟代理人である古曳弁護士の所属する森綜合法律事務所において話し合った内容に基づいて前記和解検討案につき和解成立日を同年九月二日に改めた同年七月五日及び二二日付の和解準備書類が作成された。

(7) ところで、被告としては、本来、訴訟上の和解においても、訴訟外の和解においても自己に返還されるべき賃貸土地については賃貸借契約の約定どおり原状回復の方法によるべきことを主張するとともに、諏訪台社宅敷地については自己所有地は土地区画整理をすることにより大して価値が増加しないのに、減歩による不利益を蒙るため、被告が右敷地の全所有者とともに土地区画整理事業に協力する旨の条項を本件和解に挿入することに反対していた。

しかるに、前者については、原告の説得に応じて第一ないし第三事件の紛争を早期に解決すべく、日立製作所の要求を入れて訴訟上の和解の対象地である諏訪台社宅敷地等の返還については現状有姿のまま返還することに同意したのに、後者についても原告が日立製作所等の主張を採用して本件和解に土地区画整理事業に対する協力条項を挿入するように勧告したため、被告は原告に対する信頼感を喪失し、昭和五八年八月一二日到達の書面で原告の訴訟代理人の地位を解任し、その旨裁判所宛に通知した。

しかし、被告は右解任の通知が日立製作所等になされる前に担当裁判官の説得により右解任の意思表示を撤回した。

(8) 引き続いて、懸案事項である被告所有の賃貸土地の返還方法及び区画整理事業に対する協力条項の挿入方をめぐって当事者双方で交渉した結果、日立製作所が訴訟上の和解における返還対象土地については自己の費用負担において水道管を撤去することを約し、また、訴訟外の和解における返還対象土地については一定期間の地代相当額を「地ならし料」名目の下に支払う旨約したこともあって、被告も譲歩し、訴訟上の和解及び訴訟外の和解のいずれにおいても返還対象土地の返還方法を現状有姿のままとすることを了解した。

また、右土地区画整理事業に対する協力条項の本件和解への挿入方については、被告は最後まで反対したが、結局、日立製作所側の譲歩が得られなかったため、やむなく被告が折れて右協力条項を挿入することで合意に達し、昭和五八年九月三〇日、本件和解が成立するにいたった。

なお、被告は中途退席したことがあるけれども、裁判所の和解期日には毎回出席して原告と相談しながら和解手続を進め、自らも意見を述べ、説明もしていた。

(二) 本件和解成立後の事情

(1) 本件和解において日立製作所が被告に対し現状有姿のまま返還することになったいわゆる諏訪台社宅敷地につき、昭和五八年一二月二三日に被告を含む各土地所有者が、日立製作所の担当者の出席を得たうえ、第一回の地権者会議を開催し、まず各地権者の所有土地の境界を確定し、その後に返還方法等について話し合うことが決定された。そして、この決定に基づいて昭和五九年三月一〇日には外周境界を確定するとともに、引き続いて測量作業をして各地権者の所有土地の境界確定に入った。

(2) 次いで、昭和五九年六月一一日に第二回の地権者会議が開催され、日立製作所は各土地所有者の境界につき現地案内を同月一三日から三〇日までに実施すること及び原状回復か又は区画整理事業を実施するかは今後の話し合いの中で決定すること等が確認された。

(3) 昭和五九年八月三一日には第三回地権者会議が開催され、日立製作所側から事業費が約二億四九〇〇万円であること、減歩率は約三一・二パーセントであること等の区画整理事業計画の概要説明があり、各土地所有者はこれを踏まえて原状回復にするか、区画整理にするかを決めて一か月以内に日立製作所に連絡すること等が確認された。

(4) さらに、昭和五九年一二月一三日には第四回地権者会議が開催され、日立製作所側から減歩率を約二五パーセントに圧縮する等した区画整理見直し案が提示され、各土地所有者間で議論したが賛否両論にわたり意見が一致しなかった。そこで、日立製作所側は自己が設置した構築物、地下埋設物等を撤去すること等を内容とする原状回復のうえの返還に関する基本方針を提示して各土地所有者の検討に委ねた。

(5) 昭和六〇年一月三〇日には第五回地権者会議が開催され、再び日立製作所側から原状回復による返還方法についての基本方針につき補足説明がなされた後、返還態様につき議論したが、区画整理を施行することについては日立製作所の要求する地権者全員の同意が得られず、結局原状回復のうえ返還する方法に決定した。

(6) そして、昭和六〇年三月二日には、日立製作所の最終的な原状返還方法を確認するため、第六回地権者会議が開催され、石垣、側溝、建物基礎等の構築物を撤去する、樹木は伐採、抜根し外部に搬出する、ガス管等は敷地外に移設又は撤去し、埋戻しをする、南北の道路は存置させる、境界杭を設置する、昭和六〇年一二月末日限り賃貸借契約を解約し、同日まで借地料を支払う、等を内容とする右返還方法につき日立製作所側から説明があり、今後は原則として個別交渉にすることになった。

(7) かくて、被告としては本件和解においては自己の従前の主張と異なり現状有姿のままの返還方法及び区画整理事業への協力条項の挿入ということで妥協したけれども、本件和解成立後の地権者会議を通しての日立製作所との間の交渉の結果、自ら強硬に主張していた区画整理事業を施行することなく、原状回復のうえでの返還方法が実現し、前記地権者会議の決定どおり昭和六〇年一二月末には日立製作所から諏訪台社宅敷地の自己所有の賃貸土地の返還を受けた。

(三) 本件和解により被告が得た経済的利益

(1) 金銭債権

本件和解中には、日立製作所から被告に対し別紙一の一の(三)の三三一四万八七六八円、三の(三)の一一三万六〇九七円、五の(二)の四六三万五九一八円、九の(二)の一一万〇九九〇円、一〇の(二)の六〇万七九五七円、一一の(三)、(四)の二三九万七九九九円及び別紙二の第六条、七条の二七一万六五五二円の合計四四七五万四二八一円の、日立電線から被告に対し別紙一の二の(三)の三六五万八七九七円、四の(三)の七四万六六〇六円、五の(三)の九五万九四五七円及び九の(三)の九万八三一二円の合計五四六万三一七二円の各金員の給付条項が存するが、右金員のうち、別紙一の五の(二)の日立製作所からの四六三万五九一八円及び同五の(三)の日立電線からの九五万九四五七円については、訴訟費用の負担についての合意の成立によってその清算金として支払われた金員であるから、謝金の対象となる金銭債権には該当しないのでこれを控除し、日立製作所との関係では四〇一一万八三六三円が、日立電線との関係で四五〇万三七一五円が、それぞれ本件和解による経済的利益と認められる。

なお、被告は、賃料増額請求については、昭和五〇年七月一日施行の東京弁護士会弁護士報酬規定一六条四号により、増額分の五年分の額が経済的利益の価額である旨主張するが、本件和解中の地代に関する給付条項はいずれも本件和解成立日までの未払い地代及びその利息であるから、右一六条四号ではなく、同条一号に該当すると解するのが相当である。

従って、被告の右主張は採用することができない。

(2) 等価交換契約により取得した土地所有権

《証拠省略》によれば、被告が本件和解の等価交換契約により日立製作所から取得した土地の価格は一億三九五二万二〇〇〇円(50000円/m2×2790.44m2)、また、日立電線から取得した土地の価格は四六五七万七八九五円(45500円/m2×1023.69m2)であることが認められる。

(なお、被告は、右等価交換契約及び後記返還に関しては原告に委任していない旨主張するが、被告が原告に対し右委任をしたことは前記の本件和解成立にいたる経緯において認定した事実に照らして明らかである。)

ところで、原告が、既存の等価交換契約に基づき、相手方に対する土地の引渡請求事件を受任した場合であれば、右土地の価格をもって委任者である被告の得た経済的利益の価額と認められるが、本件の場合には、訴訟上の和解において新たに等価交換契約を締結したものであって、被告としては本件和解の成立により新たに反対給付として自己所有土地の底地権の出捐を余儀なくされたものであるから、取得土地の価格の全額を右経済的利益の価額と解するのは相当でない。しかし、他方、等価交換契約における当事者双方の給付が等価であることから何ら経済的利益が存しないと解するのは、交換契約をすることにより紛争が解決されたという事実を無視するものであり、採用できない。もとより右利益が被告主張のように算定不能であると解するのは独自の見解であり、到底採用し得ない。

結局、鑑定の結果によると、本件等価交換契約における経済的利益の価額は、取得した目的物の価格を基準としたうえ、対価である給付の出捐を要することを考慮して、右目的物の価格の三分の一と算定するのが相当である。

よって、被告は、本件訴訟上の和解の等価交換契約により、日立製作所から四六五〇万七三三三円、日立電線から一五五二万五九六五円の経済的利益を得たと認められる。

(3) 返還を受けた土地賃借権

被告は本件和解により別紙一の第一表6の土地のうち九二・六七平方メートル及び同表7ないし15の土地並びに別紙二の土地表示記載の各土地の返還を受けたところ、右返還土地は被告が日立製作所に賃貸していたものであるから、被告は右返還に伴って借地権価額相当額の経済的利益を得たものと解すべきである。

そして、《証拠省略》によると、別紙一の第一表6の土地の価格は一五九万三九二四円(17200円/m2×92.67m2)、同表7ないし15の土地及び別紙二の土地表示記載の土地の価格は一億八九四九万二〇三〇円{39000円/m2×(3063.83m2+1794.94m2)}合計一億九一〇八万五九五四円であること及びその借地権価額が右価額の五〇パーセントである九五五四万二九七七円であることが認められる。

(4) してみると、原告は、本件和解により、日立製作所から右(1)ないし(3)の合計一億八二一六万八六七三円、日立電線から右(1)及び(2)の合計二〇〇二万九六八〇円の各経済的利益を得ているところ、本件和解成立時に施行されていた東京弁護士会弁護士報酬規定(昭和五〇年七月一日施行)に基づき、右経済的利益に対する謝金標準額を算定すると八六五万六五四四円となる。

(四) 以上の事実を前提として謝金額を検討するに、被告が本件和解により得た経済的利益の価額、これを基準とした弁護士報酬規定による標準謝金額、本件賃料増額請求事件の訴訟物である賃料増額による経済的利益と訴訟物の対象外である本件交換、返還による経済的利益の比率、右事件の対象土地が多数あるうえに、賃貸条件も区々に分かれ、鑑定も数回実施されていることもあってその解決に長期間を要していること及び被告は本件和解において当初から区画整理事業の施行には反対するとともに、日立製作所において約定どおり原状に回復したうえ、賃貸土地を返還すべきである旨主張していたところ、原告に説得されたこともあって区画整理事業に対する協力条項の挿入及び現状有姿返還に応じたけれども、結局、本件和解成立後に数回の地権者会議を通しての自らの努力により従前の主張どおり区画整理事業を施行することなく、原状回復のうえでの賃貸土地の返還の目的を達したこと等諸般の事情を斟酌すると、謝金額は八〇〇万円と算定するのが相当である。

二  争点2(相殺の抗弁及び反訴の請求原因)について

1  更地価格の算定方法

被告は、地価公示法の趣旨を勘案すれば公示価格をもって更地価格とすべきであったにもかかわらず、水野鑑定は比準価格をもって取引価格とした旨主張するが、同鑑定は、土地の更地価格を求めるにあたり、取引事例比較法に基づく比準価格と土地残余法による収益価格をそれぞれ試算した上、両価格の信用性を算定方法、算定基礎資料、鑑定条件及び地価公示等規準価格との均衡を総合して考慮して、比準価格をもって更地価格としたものであって、その結果は十分信用できるものである。また、地価公示法は正常な価格を公示することにより一般の土地の取引価格に対して指標を与え、適正な地価の形成に寄与すること等を目的とするが、右立法目的にもかかわらず、取引価格が公示価格と一致しないこと及び土地の交換価値は取引価格に反映されることは公知の事実であり、同法の存在のみによって、公示価格をもって更地価格とすべきであるとは到底解することはできない。結局、被告の右主張は独自の見解であり、採用し得ない。

2  道路敷地の評価

被告は、水野鑑定は、被告所有地のうち、日立製作所との等価交換契約の対象となった別紙一の第一表6の土地の一部二〇七・六九平方メートルについて、これを現況道路敷地であるとの理由で更地価格の三〇パーセントに減額しているが、同土地についての日立製作所との間の賃貸借契約は期間満了により消滅しており、かつ、右賃貸借契約には原状回復条項が存したのであるから、更地として評価すべきであった旨主張するが、土地の現況が取引価格に影響することは公知の事実であるところ、水野鑑定は右現況が道路敷地であることを考慮して更地価格の三〇パーセントに減額したものであり、また、同鑑定は当事者双方の了承のもとに賃借権の存在を前提条件としているのであるから、水野鑑定の右評価に誤りがあるとはいえない。さらに被告は、原告が故意又は過失によって右賃貸借契約終了の事実を看過し、賃借権の存在を前提とした鑑定申請をし、その鑑定価格に従って本件和解を成立させた過誤がある旨主張するが、右賃貸借契約が本件和解時においてすでに終了していて、これを更地価格により評価すべきであったことを認めるに足りる証拠が存しないうえ、道路敷地部分をどのように評価するかの点は水野鑑定後も本件和解の交渉過程で争点の一つになり、被告は右交渉時においても右と同様の主張をしたものの、日立製作所の容れるところとならず、結局被告が譲歩して水野鑑定の評価により和解をまとめることになった経緯は前記本件和解成立にいたる経緯において認定した事実及び《証拠省略》のとおりであって、被告はもとより原告を被告の主張する右問題を十分認識し、そのうえで被告の了承を得て和解成立に至ったのであるから、被告主張のような原告の過誤を認めることはできない。

3  堅固建物所有目的の評価

被告は、水野鑑定は、被告所有地のうち、日立製作所との等価交換契約の対象となった別紙一の第一表1ないし3の各土地及び日立電線との等価交換契約の対象となった同表19の土地について、底地割合を算定するにあたり、右土地上の建物が堅固建物であることを前提に、これを四五パーセントとしているが、本件借地契約は本来非堅固建物の所有を目的としていたばかりでなく、現に右建物はいずれも鉄骨プレハブ建の非堅固建物であるから、右底地割合は五〇パーセントとすべきであった旨主張する。

しかしながら、《証拠省略》によると、被告と日立製作所との間の別紙一の第一表1ないし3の各土地についての賃貸借契約及び被告と日立電線との間の同表19の土地についての地上権設定契約の目的はいずれも日立製作所又は日立電線の経営する事業又はこれに関連する施設敷地として使用することであり、その期間はいずれも二〇年であったところ、水野鑑定当時、前者は重量鉄骨造の日立製作所山手工場敷地等として、また、後者は重量鉄骨造の日立電線工場敷地等として使用されていたこと、右別紙一の第一表1の土地及び同表19の土地上の建物について、昭和四八年一〇月当時において、堅固建物であることを前提とする鑑定がなされていること及び同表1ないし3及び19の土地につき、昭和五三年一〇月当時において、その底地割合が四〇パーセントであることを前提とする鑑定がなされていることが認められるところ、これらの事実を勘案すると、水野鑑定が右地上建物の現況等を考慮して堅固な建物所有目的の賃貸借契約又は地上権設定契約であることを前提としたうえ、底地割合を五〇パーセントとすることなく、四五パーセントと評価したのは、あながち不当であったとはいえない。

4  結局、被告の相殺の抗弁及び反訴請求の原因は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  争点3(権利濫用の抗弁)について

被告は、本件和解に当たり原告に対しては本件交換、返還につき相手方と和解をする権限を授与していないのに、原告は勝手に交換、返還を含む本件和解を成立させたばかりでなく、右交換に際しては故意又は過失により水野鑑定の誤りに気づかず被告に損害を与えたにもかかわらず、謝金支払請求権を行使するのは権利濫用である旨主張するが、原告が本件和解を成立させるに当たり交換、返還についてもその権限を授与されていたこと及び水野鑑定には被告主張の如き誤りが存しないことは前記認定のとおりであるから、右主張はその前提を欠き理由がない。

四  争点4(弁済の抗弁)について

被告は、原告に対し昭和四五年以降手数料とは別に、合計二四五万円余りを報酬として支払った旨主張し、同人の供述中にはこれに副う部分もあるが、右供述部分はたやすく措信することができず、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、右主張も理由がない。

(裁判長裁判官 北山元章 裁判官 田村幸一 村野裕二)

〈以下省略〉

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